ヘルプ

縁切り寺の女郎花

写真: 縁切り寺の女郎花

写真: 縁切り寺の尾花 写真: 稲架と彼岸花

江戸幕府を開いた徳川氏の祖とされる世良田義季の開基により創建されたと伝えられる。そのことから徳川氏の帰依を得、2代将軍・徳川秀忠の娘・千姫が豊臣秀頼と別れた後、縁切のためこの寺に入りその後本多忠刻に再嫁したという。江戸時代には江戸幕府から朱印状も与えられていた。幕府瓦解により、1872年(明治5年)に廃寺となったが、地域住民が本尊などの什物を守ってきた。1992年(平成4年)、尾島町により縁切寺満徳寺資料館(現、太田市立縁切寺満徳寺資料館)が開館し、遺跡地には1994年(平成6年)に本堂・門などが復元され、遺跡公園として整備されている。

アルバム: 公開

お気に入り (6)

6人がお気に入りに入れています

コメント (3)

  • なりたく

    由緒あるお寺さんなんですね。

    2016年10月7日 20:17 なりたく (20)

  • 夢幻

    なりたくさん
    コメントありがとうございますm(__)m
    ここ尾島町は津軽藩の飛び地が有った関係で「ねぷた」の祭りが行われてます(^^)

    2016年10月7日 20:45 夢幻 (4)

  • れのん

    お久しぶりです。このお寺は私の生まれ育ったところの近くで、何度か行ったことがあります。昔は女性からの離婚は大変だったようですね。もう秩父に向かってますか。夜祭の作品を楽しみにしています。

    2016年12月1日 15:53 れのん (1)

コメントするにはログインが必要です。フォト蔵に会員登録(無料)するとコメントできます。